

監修者
三尾 恭生
OJTソリューションズで、お客様の改善活動と人材育成をサポ―トするエグゼクティブトレーナーをしています。トヨタ自動車にて42年の現場経験、管理職の経験を経てOJTソリューションズに入社しました。座右の銘は「不易流行」。変える勇気と変えない勇気を持つことが大事だと信じ、現地現物でお客様と伴走しています。
トヨタの「標準」とは、よい製品を、誰でも同じように、安全に生産するための判断基準や、行動の目安となるものです。簡単に言えば「現時点で最も適した作業のやり方」のことです。一般的な辞書にある「標準」の定義とは異なるため、トヨタにおける意味合いや実践方法を理解する必要があります。
「標準」を整備することで、作業の中の問題点が明確になり、誰が作業をしても同じ成果を得られるようになります。作業時間や品質のバラつきが減り、段取りの精度向上や品質の安定につながります。本記事ではトヨタの「標準」の定義や重要性、取り入れる際のポイントを解説します。作業のバラつきを防ぎ、仕事の質を高めたいと考えている方は、ぜひ最後までご覧ください。
標準とは、一般的に「判断のよりどころや、行動の目安となるもの」と定義されています。例えば、コップに線を引いて水を入れ、線より水面が高い場合は「多い」、低い場合は「少ない」と定義した場合、この線が「標準」となります。つまり、判断するための基準があることで、ばらつきなく評価できるようになります。
トヨタでは、この「標準」の概念をさらに広げ、「よい製品を、誰でも同じように、安全に生産するための判断基準や、行動の目安となるもの」として定義しています。具体的には現時点で最善とされる作業方法や作業条件のことを指します。
例えば、ある部品のボルトを締める作業で「しっかり締めるように」と指示しても、「しっかり」の感覚は人によって異なります。結果として、締めが甘くなって不良が発生してしまうこともあるでしょう。しかし、「トルクレンチからカチッと音がするまで締める」「角度が○○度になるまで締める」といった明確な基準(標準)があれば、誰が作業しても同じ品質を再現することが可能になります。
作業標準を整える目的は、単なるマニュアル化ではなく、現場の生産性と品質を根本から高めることにあります。主な目的は次の4つです。
1. 品質のバラつき防止
作業者のスキルや経験に左右されることなく、常に一定の品質を保つ体制を構築します。
ベテランと新人が同じ基準で作業することで、不良品の発生を防ぎ、顧客満足度の向上にもつながります。
2. 作業効率の向上
ムダ・ムラ・ムリを排除し、全員が最適な手順を共有することで、作業時間の短縮と生産性の向上を実現します。また、各工程の所要時間が明確になることで、ボトルネックの特定や改善活動にも役立ちます。
3. 教育・訓練の標準化
統一された基準に基づいてOJTや新人教育を行うことで、教える側と教わる側の認識が一致し、効率的にスキルを習得できる環境を整えられます。
4. 安全・コンプライアンス対応
標準化は、安全管理や法令遵守の基盤でもあります。労働災害の防止、監査対応の証跡確保など、万が一のトラブル時にも「標準通りに対応していたか」を検証できるしくみが整います。
「標準」をつくる最大のメリットは、問題の所在が明確になりやすくなる点です。
例えば、「レンチからカチッと音がするまでボルトを締める」が「標準」として定められていれば、音がしないまま締め終えた場合は「標準に沿っていない」とすぐに判断できます。このように、明確な基準があることで、トラブルや不良の原因を特定しやすくなります。
一方で、標準が定められていない場合は、何が問題だったのかを把握するのが難しくなり、改善の手がかりも得にくくなります。
トヨタでは作業の「標準」が明確に定まっているからこそ、トラブルや不良の未然防止が可能となり、万が一問題が発生しても迅速に原因を特定し、対策を講じることができています。
標準、つまり「現時点で最善のやり方」を帳票に記載したものが作業要領書です。作業要領書をつくる際は、以下の3つの要素を記載することが重要です。
これらを明確にすることで、誰が見ても理解できる標準となり、作業のバラつきを防ぐことができます。どれだけ詳細に書かれていても、人によって解釈が異なってしまうと「標準」としての機能を果たせません。
手順とは、仕事をするための順序です。実際の動作を簡潔かつ具体的に記述することが求められます。例えば、「ホースを押し込む」など、誰が読んでも同じ動作をイメージできる表現が理想です。
手順を把握するためには動画が活用できます。作業が安定している人の動作をビデオ撮影し、観察しながら手順を抽出する方法も有効です。
急所とは、仕事の成否を左右する重要なポイントです。仕事や作業をやりやすくしたり確実に成功したりするための勘やコツであり、生産の現場では「カンコツ」と呼ばれることもあります。
急所を文字に起こす際は以下の3点に注意しましょう。
肯定文で書く、を具体的な例で説明します。例えば「右側を持たない」と書かれていた場合、左側を持つ、上を持つ、下を持つ、複数のやり方ができてしまうため、この場合は「左側を持つ」という書き方をすることでバラつきがなくなります。
具体的かつ定量的に書く理由は、誰でも同じように理解・実行できるようにするためです。「しっかりと」「確実に」「やさしく」といった曖昧な表現を避け、「何cmの高さで」「音がするまで」「何秒間」など人の感覚によって違いがでない内容にしましょう。
急所の理由とは、なぜその急所が重要なのかを説明するものです。
「〇〇のはさまれ防止」「〇〇すると火傷する」「〇〇部分が割れるのを防ぐ」など、急所を守らなかった場合にどのようなトラブルや不良が起こるかを書くと効果的です。
急所の理由が書けたら、急所の理由+急所+手順で文章が成立するか確認しましょう。例えば、ガスが漏れてしまう(急所の理由)ため、回しながら端から5cmのところまで(急所)、ホースを押し込む(手順)といったように3つがつながれば、作業の意味と目的が明確になります。
最後に、重要な部分を太字や色で強調したり、イラストや写真を活用すると視覚的にも理解しやすい資料になります。ITツールを活用してもいいでしょう。最近は動画形式の作業要領書を導入する企業も増えてきています。動画と紙、どちらもメリットデメリットがありますが、実際に作業をする人がわかりやすいと感じる形式を選ぶことが、標準の定着につながります。
「標準」をつくるうえで特に重要なポイントは、急所の視える化です。
多くの業務には一定の手順が存在し、手順の明文化が進んでいる企業も少なくありません。しかし、手順と急所をセットで視える化できているケースは少なく、特にオフィスワークや属人性の高い作業などは急所が個人の経験や勘に依存し、ブラックボックス化していることがあります。
こうした状況では、作業のバラつきや品質の不安定さが生じやすくなります。だからこそ、現時点で最善の手順と、それに付随する急所を明確に記載した標準を整備することが重要です。それにより、問題の発見が容易になるだけでなく、作業者にとってもやりやすく、品質の安定にもつながります。
作業標準の整備・運用でよく見られる失敗パターンと、その対策を紹介します。これらを事前に把握し、適切な対策を講じることで、現場で活用される「生きた標準」を構築することが可能になります。
標準を定めたものの、現場で「聞いたことがない」「実際の作業と違う」といった声が上がることがあります。このような状況では、作業者が独自のやり方で進めてしまい、標準が形骸化してしまいます
この問題の背景には、以下のような要因が考えられます
・現場の声や実態を十分に把握せず、机上で作成している
・標準をつくる目的が現場と共有されていない
・標準書の配布や教育が徹底していない
これを回避するには、まず現場をよく観察し、実際に作業している人の意見を反映することが重要です。また、「なぜ標準が必要なのか」という目的を全員で共有し、作成後には説明会や質疑応答の場を十分に設けることで、理解と納得を促すことができます。
作成から何年も改訂されていない標準は、設備や工具の変更に対応できません。その結果、現場から「古い情報だから使えない」と敬遠されてしまうことがあります。
このような事態を招く原因は、以下のようなことが考えられます。
・改訂の責任者が不明確
・更新のルールやタイミングが定まっていない
・改訂作業の負担が大きく、後回しにされがち
この問題を防ぐには標準リーダーとして改訂責任者を任命し、役割を明確にすることが必要です。また、更新のタイミングを決めておくことも重要です。例えば「設備更新時」や「品質問題発生時」などに加え、年1回の定期レビューをスケジュールに組み込むなどしくみ化し、確実に見直しを実施する体制を整えましょう。
また、現場からの気づいた点をすぐに反映できるよう、改善提案制度を活用して改定案を吸い上げるしくみをつくることも効果的です。
標準は、作業のばらつきを防ぐだけでなく、改善活動の出発点としても重要な役割を果たします。
トヨタでは「標準」は単に守るべきルールではなく、改善の基準と捉えられています。標準があることで現在の状態を客観的に評価できるようになり、問題の発見やさらなる改善活動を可能にします。
また、標準自体も改善の対象であり、「進化させるもの」として活用することが大切です。現場の気づきや工夫を取り入れながら標準を更新していくことが、継続的な改善と現場力の向上につながります。
トヨタが定義する「標準」とは、よい製品を誰でも同じように安全に生産するための「現時点での最善のやり方」を示す基準です。標準を整備することで品質のバラつきを防ぎ、作業効率の向上、教育の均一化、安全管理の強化など、現場力全体の底上げにつながります。
さらに、標準は改善活動の出発点でもあります。標準があることで問題が見える化され、より良い作業方法へと進化させることが可能になります。
作業の「標準」を定めた作業要領書をつくる際は、以下3つの要素を必ず記載することが重要です。
この3つを明確にし、誰が見ても理解できるようにすることで、現場で活用される「生きた標準」として機能します。
また、標準は一度作って終わりではなく、現場の実態を反映しながら定期的に見直すことが不可欠です。そうすることで、形骸化を防ぎ、常に現場にフィットした状態で運用することができます。
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