

監修者
安田 幸治
OJTソリューションズで、 お客様の改善活動と人材育成をサポ―トするエグゼクティブトレーナーをしています。トヨタ自動車にて42年間の現場経験、管理職の経験を経てOJTソリューションズに入社しました。モットーは「仲間に感謝」。時に愛犬に癒されながら、日々お客様の現場で感謝・改善・努力の毎日を過ごしています。
「現地現物(げんちげんぶつ)」という言葉を聞いたことがある方も多いでしょう。この考え方は、トヨタ生産方式の核心的な理念として知られていますが、単なる「現場に行く」という意味だけではありません。データや報告書だけでは見えない問題の本質を把握し、根本的な解決策を導き出すための重要な思考法です。
本記事では、現地現物の正確な意味や三現主義との関係を整理し、実践的な方法を紹介します。ぜひ最後までお読みください。
現地現物とは、問題解決や改善活動において「自ら現場に足を運び、現物を五感で確認し、現実を正確に把握する」という行動哲学です。トヨタ生産方式(TPS)において最も重要視される理念のひとつであり、目的は単に現場へ行くことではありません。
重要なのは、伝聞や推測ではなく、一次情報に直接触れることで問題の本質を見抜くという点です。報告書やデータという二次情報には、作成者の解釈や省略が含まれ、現実歪められる可能性があります。現地現物の本質は、こうした情報の歪みを排除し、事実に基づいた正確な判断を行うことにあります。
つまり「物理的に行くこと」ではなく、「一次情報をつかむこと」がポイントです。
現地現物を理解するためには、関連する概念である「三現主義」との関係を整理する必要があります。実は、両者は密接に関連しており、企業によっては同義で使われることもあります。
三現主義とは、以下の3つの「現」から構成される問題解決のアプローチです。
一方、「現地現物」は特に「当事者自身が現地(現場)に行き、現物を確認する」という行動をともなう実践的な理念として強調されます。トヨタでは、机上の議論に終始せず、必ず自分の目で確認することを徹底しています。
つまり、三現主義が問題解決の「フレームワーク」だとすれば、現地現物はその実践における「行動指針・哲学」と言えます。
さらに発展的な概念として「5ゲン主義」があります。これは三現主義に以下の2つを加えたものです。
5ゲン主義は、現場確認に加え、その背後にある原理原則まで理解し、再発防止のしくみづくりを含む包括的なアプローチです。
現地現物は、TPSの2本柱「ジャストインタイム」と「自働化」を支える土台です。データや報告書だけでは決してつかめない「暗黙知」や「肌感覚」が、問題解決の鍵となることが多いためです。
例えば、
これらは数値化が困難であり、現場に行かなければ決して気付けない情報です。トヨタではこうした一次情報を重視し、現場で働く担当者と一緒に改善の機会を見出してきました。管理職も定期的に生産ラインに立ち、自ら作業することが求められます。このような行動の徹底が、高い生産性と品質を支える原動力となっているのです。
現地現物を実践するには、単に現場に行けばよいというわけではありません。目的意識を持ち、体系的に取り組む必要があります。ここでは、効果的な3つの実践ステップをご紹介します。
最初のステップは、現場に実際に足を運ぶことです。漫然と見学するのではなく、事前準備とポイントをおさえて観察することが重要です。
【事前準備】
【現場での観察ポイント】
次に、製品、設備、資料などの「現物」を五感で確認します。
【五感を使った確認】
【データに表れない事実をつかむ】
最後に、収集した一次情報をもとに、「なぜなぜ分析」で真因を掘り下げます。
【なぜなぜ分析の実践例】
このように、表面的な現象から真の原因を追究し、根本対策を導きます。
リーダーや管理監督者が現場観察を行うことで得られるメリットは次の2つです。
データや部下からの報告を受けて現場を管理するのは効率的ですが、それだけに頼るのは危険です。トヨタでは「5大管理」として安全・品質・生産・原価・人材育成の項目をもとに職場を運営しています。各職場には「管理ボード」が設置され、これらの項目をデータやグラフで視える化しています。
しかし、これらはあくまで管理のためのツールであり、現場で起きている事実を直接確認することが不可欠です。人・道具・流れなどにさまざまな変化が起こり続ける現場は「生き物」とも言え、この変化が複雑に絡み合った結果、異常や問題が発生するケースもあります。したがって、「自分の目で発生した事実をつかむ」ことが課題の発見につながります。
例えば異常があった場合、データは結果を表すだけで、そこに至る過程や背景までは分かりません。担当者から詳細を確認することもできますが、その報告に間違いがあったり、担当者も人間ですから、自分のミスを隠そうとする可能性も否定できません。誤った対応をしないためにも、異常の際はデータと報告に加え、自分の目で観察しながら現場の話を聞くことで正しい解決策を導くことができるでしょう。
会社の成長を目指す施策はできるだけ早く現場に伝え、スピード感をもって展開したいと考える方は多いでしょう。ここで管理監督者として気を付けなければいけないことは、「指示しただけで終わらない」ことです。
指示をするだけで現場に足を運ばなければ、メンバーの不安や不満を招き、施策が定着しないばかりか会社への信頼も損なわれる恐れがあります。結果として、やる気の低下にもつながってしまうでしょう。
一方で現場に足を運び、顔を見せ、声をかけながら確認すれば、メンバーは指示の重要性を認識し、やる気ややりがいが生まれます。場合によっては、期待以上の効果につながる可能性もあります。現場の人は「よい仕事をして認められたい」という思いを持っています。管理監督者が現場に顔を出して実態を確認し、メンバーの意見に耳を傾けることが信頼の醸成につながります。
ある管理監督者が、現場観察で失敗してしまったエピソードをご紹介します。
それは、非定常作業の際に十分な観察をせず、部下にケガをさせてしまったという経験です。ある日、通常業務後にはさみを使って作業用の道具を作る計画がありましたが、難しい作業ではないため特別な声かけをすることはありませんでした。そして、いつも通りの現場巡回で終えた後、メンバーがはさみでケガをしてしまいました。
その管理監督者は、「いつもと違う作業」と認識していたにもかかわらず、作業の姿を十分に確認しなかったことを深く反省しました。このように、現場を見ているようで見きれていない例は多く存在します。非定常作業の際には、より丁寧な観察と声かけが必要だと学んだそうです。
現場観察についてよくある疑問のひとつが、「自分の役職や立場ではどれくらいの頻度で現場を見ればよいのか」という点です。特に社長など上位職の場合、毎日巡回するのは現実的ではありません。
役割によって適切な頻度は異なりますが、少なくとも現場の管理監督者は、短時間でも毎日現場を確認することをおすすめします。
1回あたりの巡回が15分でも問題ありません。仮に15分しか観察できないのであれば、15分で見られる観察スケジュールを作成してください。「毎日足を運び、メンバーに声をかける」を継続すれば、現場を見る風土が作られ、後輩にも自然に受け継がれます。このようなひとつひとつの積み重ねが働きやすい職場づくりや会社の進化につながります。
現地現物は、単なる「現場に行く」だけでなく、「一次情報に基づいて問題の本質を把握する」ための行動理念です。デジタル化が進む現代においても、データや報告書ではつかめない「暗黙知」や「肌感覚」の重要性は変わりません。むしろ、情報が氾濫する時代だからこそ、現場で見たり聞いたりすることで自ら確認し、事実に基づいて判断することが求められます。
まずは身近な課題から、現場に足を運び、現物を確認し、現実を把握することから始めてみましょう。その小さな一歩が、信頼の醸成と大きな改善につながるはずです。
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