監修者
文室 義広
OJTソリューションズで、お客様の改善活動と人材育成をサポートするエグゼクティブトレーナーをしています。トヨタ自動車にて、製造現場の改善、販売店の事務系改善などの42年の経験をへてOJTソリューションズに入社しました。少林寺拳法で鍛えた「自他共楽」の精神を胸に、お客様の会社の社員になった気持ちで日々改善活動に伴走しています。
職場の安全を確保するためには、設備やルールだけでなく、従業員一人ひとりが安全意識を持ち、自ら安全な行動を実践できるよう育てることが不可欠です。
本記事では、トヨタが長年培ってきた安全実現へのアプローチの中から、特に「人」の育成に焦点を当てた具体的な活動と、それらを支える考え方についてご紹介します。
製造現場では「4M+1E」という言葉がよく使われます。4Mは人(Man)・機械(Machine)・材料(Material)・方法(Method)、1Eは環境(Environment)を意味する、問題の要因分析や改善策を検討するための要素です。安全活動においても同様に、4M+1Eの視点に分けて考えることができます。
4M+1Eの要素から、安全活動を以下で構成された「城」に例えて表現してみます。
・土台~1階部分(人 – Man)
「安全専念時間」を通じて、ルールを守る人づくりと管理監督者と部下との信頼関係の醸成を目指します。
「KY活動(危険予知活動)」によって、危険がわかる人づくりを進めます。
この「人」の育成が、すべての安全活動の基盤になります。
・2階部分(設備・材料 – Machine/Material)
死亡災害に直結する6つの危険要因「STOP6(重点6項目)」の学習と対策を行います。
「STOP6」についての詳細は以下の記事を参照ください。
https://www.ojt-s.jp/kaizenlibrary/genbaryokukojo/toyota-disaster-stop6/
・3階部分(作業方法 – Method)
「リスク管理活動」を通じて、作業を洗い出し、危険作業の「視える化」と安全なやり方の標準化に取り組みます。
「リスク管理活動」についての詳細は以下の記事をご参照ください。
https://www.ojt-s.jp/kaizenlibrary/genbaryokukojo/safe-workspace/
・4階部分(環境 – Environment)
「5S活動」を通じて、職場の環境を安全に保ちます。
「5S活動」についての詳細は以下の記事をご参照ください。
https://www.ojt-s.jp/kaizenlibrary/seisansei/5s-activities/
この「安全活動の城」のように、人の育成を土台とした安全活動を展開することが重要です。
トヨタでは毎日時間を定めて、管理監督者全員が現場で安全活動に専念する「安全専念時間」を設けています。管理監督者は忙しく、生産や品質に追われて安全が後回しされやすいのが現実です。例えば「昼休み後の1時間」に行うなど、継続されるしくみとして運用することがポイントです。
安全専念時間の主な目的は、危険を発見し不安全行動を是正することと、部下とのコミュニケーションを通じて信頼関係を構築することです。
安全専念時間では、作業員を漫然と眺めるのではなく、一人ひとりに対して「観察の4ステップ」という手順で観察を行います。具体的には、準備・静止観察・対話・お礼と記録の4ステップです。
まず準備では、「安全に専念する」という心の準備とともに、要領書を手元に用意します。
続いて、静止観察です。観察する時は、①作業員の初期反応②表情と服装③作業手順④作業位置⑤5Sと工具を順に確認し、是正点とともに褒めるところもメモします。
観察をおこなったあとは対話をします。短い時間でも作業員と対話を持つことが、信頼関係を築くうえで重要です。まずは作業員の労をねぎらい、良かった点を褒めることから始めます。相手に認められていると感じさせることで、是正点を受け入れやすくする効果があります。また、是正点を伝える際は一方的ではなく、作業員の意見をしっかり聞くことを心がけます。また「何かやりにくい所や困っていることはないか」と問いかけ、困りごとを聞きます。もし困りごとがあれば、解決策を自分で考えさせることで、自分で考える習慣を育みます。
対話のあとは、お礼と記録です。仕事を中断して話を聞いてくれたことへのお礼を伝え、対話内容を記録し、次の観察時のフォローアップにつなげます。
観察を行うときは「コミュニケーション技法」を使うこともポイントです。これはトヨタの管理監督者全員が習得を義務付けられており、多様な世代や背景を持つ従業員と適切に接するためのスキルです。
具体的には以下のような技能です。
安全専念時間は、部下の不安全行動を是正するだけでなく、これらのコミュニケーション技法を通じて信頼関係を築き、モチベーションを高める重要な機会となります。信頼関係が強ければ、部下は指示されたルールを受け入れ、行動に移してくれるようになります。
人の育成の二つ目として、「KY活動」すなわち「危険予知活動」があります。現場の作業において「どこが危ないのか」「何が危険なのか」を認識できなければ、注意を払うことができず、結果として怪我につながってしまいます。危険を「見る目」を鍛えることが重要です。
4ラウンドKYトレーニングとは、危険を見る目を鍛え、危険箇所の共有と対策を目的とした活動です。
4RKYTと略して呼ぶこともあります。
この活動では、実際の作業をチームで観察(またはビデオで確認)しながら、その作業に潜む危険について話し合います。その名のとおり4つのラウンドで進められます。
まず1Rでは、危険箇所をできるだけたくさん洗い出します。最も重要なラウンドで、他者の視点を学ぶとともに、危険箇所を共有し、実作業で注意を払えるようになります。
続いて2Rでは、一番の危険を決めます。洗い出した危険の中から、最も危険性の高い項目を絞り込みます。
その後3Rでは、対策案を出します。2Rで絞り込んだ危険に対する対策案を検討します。
最後に4Rでは、対策を決めます。3Rで検討した案から対策を決定し、全員で注意ポイントを唱和します。例えば「リフトの位置確認ヨシ!」と3回繰り返すなど、頭に浸透させる対策を実践します。
4RKYTの利点は、職場のチームで活発に議論することで、若手とベテランなどの世代間のコミュニケーションが促進され、お互いの理解を深める場となることです。
職場の安全を守るためには、単に設備やルールを整えるだけでは不十分であり、根幹となるのは「人」の育成です。トヨタの取り組みに学ぶことで、現場における安全文化の築き方が見えてきます。
「安全専念時間」や「KY活動」などを通じて、一人ひとりが自ら危険を察知し、行動を変えていく安全人間の育成がすべての土台です。信頼関係に根ざしたコミュニケーションを重ねながら、安全を“人づくり”の視点でとらえることが、結果として強固な安全基盤につながるのです。
まずは、現場での一歩から、ぜひ実践してみてください。
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